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【仁方】アメリカンダイナー改修57日目

2020年7月29日

「カラダにピース」仁方デイサービス改修工事現場監督の和田卓也です。

本日、17時よりアメリカンダイナー仁方の施主検査が行われました。

施主検査にむけて連日装飾品の準備に追われておりましたが、皆様のおかげでカタチにすることが出来ました。

ステージ前ビフォ ステージ前アフタ

いかがでしょうか!?

アメリカンダイナーの世界観が楽しめる空間が出来上がっているのではないでしょうか!!??

プレイエリアは、jukeboxやオイル缶などの立体物で装飾するため、設置場所や色のバランスなど、とても難しく施主検査ギリギリまで調整をしました。

フロアビフォ フロアアフタ

カウンタービフォ カウンターアフタ

室内に喫煙室を設けたりカウンターを新調など、とことん追求した結果がこちらになります。

施主検査におきましては、理事長、栗栖ブロック長が、直々に確認していただきました。

いくつか宿題を頂きましたが、「アメリカンダイナー仁方改修工事」というこんな大きな仕事に携われて、施主検査という大きな区切りを迎え、こんなにうれしい日はないと感じた1日でした。

まだ改修工事の細かい修繕箇所もありますので、精進して参ります!!

 

今日のトリビア7⃣

1960年代のアメリカファッションについて

1960年代になると、既製服業界の成長とともにオートクチュールは衰退の一途をたどっていた。さらに戦後生まれのベビーブーマー世代で成人するものも出始め、人口比率も戦前2倍程度まで増えた。若いエネルギーの勢力が増し、エレガンスよりも、自身の価値を求めていた。ストリートの勢いが強まっていた。

ユースカルチャーからモッズ、ミニスカート、ジーンズ、ヒッピーなど、オートクチュールから降りてくるファッションではなく、若者が自身でファッションを選び、ファッションによりアイデンティティを示しはじめた。ミニスカートはストリートでの人気からハイエンドにも波及。ユースカルチャーからファッション、新しいスタイルが登場し、大きな転換期を迎える。

それ以前の若者のファッションとは?
若者文化が生まれる以前、若者はどんなスタイルだったか?

実は若者ファッションというカテゴリーは存在していなかった。若い女性でも母親と同様のスタイルで規律に従った同質的なもの。ディオールなどオートクチュールやハイファッションのデザイナーから生み出される「大人エレガンスの世界」から降りてくるものだった。

このような中でも次第に若者は”自分達のスタイル”を求めるようになっていく。

1960年代のロンドンで若者文化の集まる場所、ストリートファッションの発祥の地はキングスロードのチェルシー地区だった。そして、チェルシー地区のファッションを着こなす女性のことをチェルシーガールと呼んだ。この時期のロンドンを”スウィンギング・ロンドン”などと呼び、ミニスカートの他にも、モッズなどのスタイルも生み出します。

音楽ではビートルズ、ローリングストーンズ、美容師ではヴィダル・サスーンなどイギリスの文化は旋風を巻き起こす。

マリークワントとミニスカートの登場
ミニスカートはマリークワントが発明したものという意見もあるが、そうではない。チェルシーガールのスタイルの中から自然に生まれたもので、実は誰かの発明ではないのだ。起源としては、ジバンシィなどが発表していたサックドレス(シュミューズスタイル)が徐々に変化してミニスカートになったとも言われている。

マリークワントは、ロンドンのトレンドセッターであり、チェルシー地区のファッションそのもの。より多くの人のために初めてミニスカートを商品化したデザイナーと言える。そのような点で、マリークワントは20年代のシャネルのようなカリスマ性をもった人物。シャネルと異なるところは、マリークワントは、より多くの若者、等身大の若者のレイヤーに自身を置いていたので、当然アイテムも多くの人々が購入できるような展開を見せる。

チェルシーのミニスカート
チェルシーの流行をそのまま表現するクワントのスタイルは、ミニスカートに、ヴィダルサスーンのカットしたショートボブの髪型。そこからマリークワントの影響を受けたデザイナーも登場し、ミニスカートは徐々に普及。65年には、なんとオートクチュールコレクションで、クレージュが発表。世界的にも普及が加速した。

トレンドはグラマラスから痩せてる女性へ
1960年代以前の理想の女性像は、マリリン・モンローのような豊満でセクシーな女性やグレイスケリーのようなエレガントな女性。しかし60年代になると、ロンドンのイメージを表現した女性は全く逆。小柄で、胸は小さく、痩せている、ごく身近にいそうな活動的な女性像。その代表格がツィギーだ。日本でもツィギーの来日とともにミニスカートが爆発的に流行。50年代にオードリー・ヘプバーンが登場したのは、その前兆だったのかもしれない。

モッズ – メンズファッションの変化
メンズファッションは18世紀から固定した服装形式として、スーツが変化することなく着用されてきた。スーツは18世紀当初に実用着として取り入れられたのだが、その当時の目的はなくなり、それは社会的な、ビジネスの場での制服の役割に変化してしていた。体制社会のシンボル的存在になっていたのだ。そんな1世紀以上安定していたメンズファッションの流れにもストリートファッションの流れが押し寄せてくる。

モッズ・ルック
モッズはロンドンの低所得層者から生まれたサブカルチャー。高所得層への反抗からくる自己表現として生まれた。最初は細身のテーラースーツから始まりますが、徐々にカラフルなデザインへと変化。

ロンドンのカーナビーストリートを中心に発信された、モダーンズ(モダニズム)を略してモッズと呼ばれたファッションの特徴は、長髪、花柄や水玉など派手な色彩、細身のスーツをテーラーで仕立てて、細身のシャツ、股上の浅いスリムパンツ、ブーツなど。カラーはウィメンズファッションの要素を大きくもったもので、女性化したようなムードを持っているが、男が女性的になったわけではない。反体制的なシンボルとして生まれた自己表現がそのようなファッションを生み出したのだ。

モッズスタイルはビートルズ、ローリングストーンズが身に着け、さらに世界的な注目が集まります。ミニスカートともににスウィンギングロンドンというイメージで世界へ発信されていく。

※同時期、より反抗的なグループ、ロッカーズが存在していたことから、正確にはモッズ以上に「高所得層への反抗」していた人々がいた。

日本でもモッズ
日本でもブームになる。きっかけはもちろんビートルズ。ビートルズが来日した1966年、音楽的な衝撃とともに、彼らが着ていたモッズファッションは、日本のメンズファッションにも大きな影響を与え大ブームになった。

ヒッピーファッション
ヒッピー登場
ヒッピーファッションヒッピーは1960年代後半の最大のサブカルチャー。ドラッグ、音楽、ファッションが融合して生まれた文化だった。

60年代はユースカルチャーから。ツイッギーのミニスカート。 | 愛知県 ...

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